豚に真珠

サンバのリズムに乗せられて、いつの間にかそのオレンジ色に魅了される。それが清水エスパルスというチームなんだ

ロティーナ流ゾーンディフェンスとボールを持たせる意味/2人の司令塔@その名は片山瑛一、原輝綺


■ゾーンディフェンスとは

 

 

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 書くのめんどくさいので、過去記事のこれを読んで下さい。仕組みや原理原則は一緒です。

 

ここで書くゾーンディフェンスは、“ボールを持たせる”という守備。ポジショナルプレーはイコールポゼッションサッカーではないのと同じで、まず読み解く上であらゆる先入観を排除していく必要がある。ポジショナルプレーにも様々なカラーがあり、ボールポゼッションを軸にゲームビルディングしていくケースもあれば、ゴールから逆算して守備の立ち位置から配置を細かく修正していくことでトランジションに至るまでの流れをスムーズにしていくやり方もある。ミゲル・アンヘル・ロティーナは後者。ゾーンディフェンスにおける立ち位置もそうだが、なぜその選手をその配置にしているのか、なぜ奪いに行かずステイする必要があるのか、までロジックを読み解く必要がある。

 

 

 

■ボールを持たせる意味

今回のケーススタディはJ1第22節徳島ヴォルティス戦。割と衝撃的なスタッツが並んだゲームだが、この試合からロティーナ流のゾーンディフェンスを読み解いていく。

上記に、かつてのヤン・ヨンソンのゾーンディフェンスの記事を張ってはいるが、多少異なるところがある。簡単に言うと、ヨンソン式は設計図がゴールからの最短距離を優先した並びになっている。対してロティーナ流は、ゲームのイニシアティブを握ること、フィールド全体を支配することを第一に考えた仕組みになっている。データに数字として表れにくく、トランジションやボールポゼッションも無視しているわけではない。ボールポゼッションの指数が正義でもなく、ポゼッション率が高ければゲームを支配しているとは証明できないので、言語化するのは非常に難しいし、今回の例題に挙げるゲームはあまりにもデータとして特殊なのでじっくり見ていきたい。

 

とくに見ていきたいのは、あえてボールを持たせるという場面。誤解してほしくないのは、ピッチレベルの話では、どれだけボールポゼッションでリードしていたとしてもボールを奪うために、手段としてボールを持たせることはある、ということだ。ボールを持たせるということはポゼッションを放棄することではなく、ディフェンスの一環としてボールを奪うために今はステイしていた方がいい、ということ。奪いにアクションを起こすということは、スペースを生み出してしまうリスクもあり、デッドゾーンにボールを運ばれることが容易い状況に置かれる。そのデッドゾーンにボールを運ばせなければいい。そのデッドゾーンをどこに設定しているかが大切。

 

 

■ステイするタイミング、その理由

ステイの大切さ

日本のサッカーシーンで、たとえば、フォワードの選手が相手のディフェンスラインからボールを奪おうと一人で闇雲にプレッシングを敢行し、あっさりと相手に交わされて、ぽっかりとフォワードと中盤との間に広大なスペースを空けてしまう、このとき、果敢にプレッシングにいって相手に剥がされてしまったフォワードの選手に、“自分が埋めるべきスペースを空けてしまった”という感覚はあるだろうか。

 

サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論 著松田浩 鈴木康浩 発行KANZEN 62項より引用 

 構えているディフェンスは一般的なゾーンではあるが、ハイプレスもゾーンディフェンスである。プレスに出た選手のカバーは誰が、という問題はハイプレスに対しての解決法だ。

その連動ができていなければ、プレスの代償として広大なスペースを作ることとなる。2015年の大榎エスパルスはその象徴。

 

持ち場を離れて飛び出すというリスクよりかは、ステイして構える、持ち場を守る守備は大切だ。かつて、バルサTV内でのインタビューでヨハン・クライフが「年老いた私がこの広い部屋を1人で守るのは不可能だ。だが、このソファーを守ることは今の私でもできる」と答えていた辺り、各々のエリア×10でフィールドに網を仕掛ける。これならばフィールドを支配することも可能だ。

 

では実際に見てみる。

徳島戦10:14

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徳島が左SBでビルドアップ開始。

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この場面でのデッドゾーンは中央。唯人とカルリーニョスが絞り、中央へのパスコースを消す。徳島はもう1度やり直す。エスパルスとしてはこれでいい。

 

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展開は逆サイドへ。右SBの位置にトップ下の渡井が降りてくる。これに宮本がプレス。

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徳島がトライアングルを作りハーフスペースに攻略しにかかる。宮本の後方のスペースには片山が絞り、そこから先への前進を許さない。

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ハーフスペースにカギを閉め、ボールを大外へ。もう一度作り直す。ここは奪い処ではなく、片山は前進させないだけの役割を担う。ここでプレスに行けば、トライアングルを作られハーフスペースを攻略されるため。

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宮本と唯人が絞る。片山はステイ。このデッドゾーンにボールを入れさせないことがチームとしての最大のミッション。

 

このまままた逆サイドへ展開。またやり直しにかかる。10:40

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中盤4枚が距離感を保って絞る。ボールは徳島左ウイングへ。

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原のターン。ここは1対1で粘る。その理由は、これ以上前進させないため。赤のデッドゾーンにボールを入れさせないために、まずはこの1対1の状況を続けさせる。1対1の状況を続けることに意味があり、とくに徳島はトライアングルを作ることに長けており、簡単に数的優位を作ることができる。なので原の役目は、1対1の状況をキープすることで最終ラインと中盤のラインの絞る時間を稼ぎ、もう1度徳島にビルドアップをやり直させること。片山と同じで獲りに行くことではなくて前進を許さないだけがミッション。

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もう1度徳島は作り直す。ただ、原が時間を稼いだことでエスパルスは守備陣形が完成。唯人を頂点としたエスパルスの守備ブロックとなるトライアングルを作り、ここに絶対にボールを入れさせないことがチームミッション。この陣形は崩さない。

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逆サイドへの展開を防ぐために、まずボールホルダーへはカルリーニョスと唯人が、逆サイドのケアは片山が中盤との距離感を考えてポジショニングを取ることで防ぐ。

 

10:56。楔を入れられる。局面は2対2

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トライアングルを作ってはいたが、ここは流石というべきか徳島、僅かな隙間を縫って楔を入れてきた。

 

入れられたのはしょうがないので、次の対処として、楔を入れられてまずは前を向かせない。ポストでボランチに落としてきたが、

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ここにはまず宮本がプレスに行く。ココは行くべき。誰か1人は行かなければ、そもそもポストを許して前を向かれているので、ステイする場面ではない。ボランチの宮本が行ったことで中盤のブロックに穴が埋めるここに対しては、片山が絞り対応。

 

逆サイドは捨ててでも、ここは片山は絞る必要があった。ナイス判断。逆サイは奥井が1対1で対応。ここでクロスを上げられるが、単純なアーリーなので簡単に跳ね返せた。

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この1連のシーン、1分の長い展開ではあったが、お互いがスペースをカバーし合い、ブロックを強固にしたことで外で回させる。スペースのカバーやボールへのチャレンジが組織として判別できているからこそできる。

「これはバクスターが使っていた言葉ですが、”ボクシング・ムーブメント”、つまり、ボクシングでもパンチを打ったときに、打ちっぱなしだとガードの隙を突かれてパンチを撃ち込まれてしまうから、すぐにパンチした拳を自分の顔の前へ戻してガードを作る作業が必要になる。

 

サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論 著松田浩 鈴木康浩 発行KANZEN 64項より引用 

 

 

 

■守備のスイッチを入れる”司令塔″

47:01より、

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徳島ボランチにボールが入る。ここでやられてはいけないのは縦にパスを入れられること。原のポジショニングのこと。ここで原はプレスに飛び出そうとするが、留まる。ここでプレスに飛び出したら、対面の選手に裏に抜けだされるから。ならボールを保持させた方がいい。

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宮本が絞り、中盤3枚の距離感が保たれる。徳島はもう一度やり直す。

 

47:14。ボールは逆サイドへ展開。全体が絞り切れているので人数もスペース管理も足りている。

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立田が飛び出してプレスに行く。この場面は飛び出していい。なぜならばスライドが早く、後方のカバー体制はできている。ここはステイではなくゴー。取りに行ってもいい場面。

 

47:37。再び徳島右サイドから。中央をガッチリ固めているから、ハーフラインを超えられても動じることなく、プレスに行かなくても守れるだけの壁は出来ている。

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ここまで来たら、徳島に縦パスを出せる体制にはない。ここでは、無理な浮き球を入れたが、楽々カット。マイボールにする。

 

ここまで2つのシーンを見てきたが、エスパルスデッドゾーンに設定したのはペナルティエリアとその1つ前のエリア。あと、SBの後方。ここにボールは出させない。実際にこのゲーム、とくにSBの裏に出されたシーンはここまで1つもなく、90分通じてみても実は0。ココは徹底されていた。

 

ネガティブトランジション。このスイッチを入れていたのは右は原輝綺、ひだりは片山瑛一。ステイのタイミングを見誤ることなく縦を封鎖。奥にも行かせていないことから、徳島の攻撃、とくにラストプレーに関してはインスイングのアーリークロスが目立ち、これならば立田ヴァウドで跳ね返せる。竹内と宮本の2人は、アンカーがいないこのシステム上、無闇に前へチャレンジできないし、それをやって前回対戦ではボコられているからポジション厳守はしっかりできていた。しかし、となればこの2人が守備におけるスイッチを入れることは難しい。常にステイすることが求められるため、ステイとゴーのメリハリをつけられる役割ではないからだ。原と片山は、スペース管理とスペースの封鎖、そしてネガティブトランジションにおけるステイ&ゴーを自らが体現できることによってより強固なブロックを築くことができた。

 

このゲームで見られた見事なゾーンディフェンス。まるでフィールド上全体にトラップを仕掛けているかのような美しい守備組織は昨年までは見られなかった。あとの課題はボールポゼッションの質を上げる、ポジティブトランジション向上が上昇のカギだ