新ヴィッセル神戸対策講座/リージョの設計図を読み解こう
今シーズンから、楽天コネクションをフルに活かして「バルサ化」を目論み始めたヴィッセル神戸。なかなかの本気っぷりで、夏にイニエスタを始め、バルサのアカデミーの重役を次々に招聘。とどめに吉田孝行から世界一のポゼッション信仰者ファンマ・リージョへの華麗なる監督交代劇をみせてくれるなど、「あっ、本気じゃん」とこのプロジェクトに対するマジ感を出してくれました。そんなわけで、エスパルスホーム最終戦を飾るべく、スターチームとなったヴィッセルを見ていこうと思いつつ、かつリーガファンの1人でもある僕もバルサ化計画についていろいろ言いたいこともあるので、まぁつべこべ言わず見ていきましょう。
■リージョの設計図
前節の第32節ヴィッセル神戸vsサガン鳥栖から、まず神戸のスタメンから見ていきましょう。
古橋享梧を最前線に配置する4-3-2-1。上に行くたびに1人ずつ減っていくでおなじみ、クリスマスツリー型です。
あっそうだ。ここで1つ言いたいんですが、ヴィッセルが目指したいバルサのスタイルと、現指揮官リージョのスタイルは全く違います。ペップ・グアルディオラが現役時代に対戦相手のサッカーに感銘を受けて試合後に自ら戦術や練習方法を尋ねに行ったその相手監督がリージョであっただけであって、あとメキシコでリージョの下でプレーしたというのもありますが、リージョ自身はバルサとは全く縁がない人で、実際に今のヴィッセルでやっている戦術もバルサの基本とは違っているので、「バルサっぽいな」というより「これがリージョなんだな」ぐらいに見るのが1番だと思います。
ポゼッションサッカーをやるうえで重要なのが、いかにビルドアップを設計していくかです。この日の対戦相手、鳥栖は4-4-2で来ました。金崎夢生とフェルナンド・トーレスの2トップが前から行く守備に対してヴィッセルはいかに組み立てていくか。鳥栖の2トップが構えている状態ならば
CBの2人で組み立てます。2トップが揃ってプレスに来たら
中盤から藤田直之が助太刀して、CBは左右に広がります。そして相手が3人以上の全力プレスで来たら
三田を加えてのダイヤモンドを作り、フルパワーで迎え撃ちます。因みに伊野波は行方不明です。
クリスマスツリー型ですが、サイドの高い位置を放ることはできません。サイドアタッカー役はSBであり、この2人を高い位置に置きたい故、ビルドアップには関わらせてきませんでした。クリスマスツリー型ということで、中盤は厚くキープ力に優れる選手が多いため、フルパワーでビルドアップしてきたときは簡単にボールを渡してくれません。
ヴィッセルのビルドアップにおいて1番厄介なのは、藤田が落ちてくると同時にCBがサイドに広がっていく瞬間です。
中央の藤田、三田を軸とするとたくさんのトライアングルが完成し、それぞれのパスコース数が増えます。ビルドアップにおいてサイドに広がったCBはビルドアップにおける逃げ場となり、ここでプレスを回避することが可能になるのです。ヴィッセルにおいて、結局イニエスタ、ポドルスキにボールが入った時が1番怖いじゃないですか。で、どのチームもこの2人に対するプレスは厳しいので、少しでも軽減させてあげたい。ヴィッセルのビルドアップの出口はイニエスタポルディと両SBです。そこで困った時の預け処がCBになる。無暗にプレスに行けば出口が開き、行かなければパスを回される。ココの対応策は必須です。
■最重要ポジションはウイング
アレ? ヴィッセルにウイングなんていないじゃないですか。はいそうです。でもウイング役は多数います。
例えばビルドアップの説明時に挙げたSB。
基本的にはこの形になります。ヴィッセルの場合はSBに組立力があるかといえばそうでもない。完全なウイングとしての役回り。ティーラトンはその典型的タイプですね。
他には、イニエスタポドルスキがウイング役として、主に逆サイドに張る。
ヴィッセルはシステム上、ウイングがいませんが、むしろこのポジションを最も大切としています。
リージョという監督が作るポジショナルプレーにおいて最たる狙いは、サイドにおける優位性を保つことです。それは数的優位でもあり、質的優位のことでもあります。なのでスペースがないときはイニエスタやポドルスキの能力で殴り、スペースがあるときはウイング=SBにガンガン仕掛けさせる。
中盤へドリブルします。
イニエスタに縦パスが入る。背後に三田が走りこみ、
イニエスタはヒールで三田へ。この時点で鳥栖のDF陣はかなり中央に絞っています。いや、集められたことで左サイドのティーラトンに広大なスペースが与えられることになった。
あ~、これはダメなディフェンスの例ですね。これでは思う壷です。リージョはこれを狙ってビルドアップを設計してます。円の中にはヴィッセルは3人に対して鳥栖は5人もいます。でも取れなかった。イニエスタに三田、さらにポドルスキまで加われたらどんなに人数がいても質的優位に立たれてしまうので、サイドを捨ててまで中に絞るのは良くないです。
■ポジショナルプレーの弱点は?
どんなに優位性を保てたところで、100%勝てることはあり得ないのがサッカーです。完璧に設計されたはずのポジショナルプレーにも弱点は必ず存在します。
目には目を歯には歯を
ポジショナルプレーといえば、マリノスもそうでしたがマリノスはハーフスペースをガンガン狙ってきました。ですが反面、マリノス最大の弱点としてハーフスペースがあり、日産スタジアムでのゲームは、同点弾は割と近い形ではありました。ならヴィッセルはどうか。リージョの狙いがサイドにあるのなら、きっとそこにも弱点はあるはずだ!ということでサイドのプレーを見ていきましょう。
第31節の名古屋グランパス戦から。
グランパスの4番、小林裕紀から縦の楔が入るところです。ヴィッセルの右SBの選手がボールを注視しています。
入りました。名古屋のSB(ウイングバック?)の秋山陽介がSBの背中を取っています。
はい。出ました。セオリー通り。
秋山に出ました。1on1の場面ですが、一旦落とします。このスペースですね。おさらいしましょう。
ヴィッセルのポジショナルプレーはシステムを崩す可変式です。常にクリスマスツリー型でいるわけではありません。逆に言えば、ポジションを崩してることでウィークポイントが生まれる。ヴィッセルの場合はココ。
SBの前後にあるスペース。ウイングとして高い位置にいるときは背後が、4バックで構えているときは前のスペースがマジで空く。ヴィッセルはウイング役はいてもウイングはいません。基本的にサイドの縦100mはSBのエリアです。ポジショナルプレーによって1人2役をこなすSBは裏を返せば隙だらけです。
落としたボールを前田直輝がクロスを上げますが、フリーです。後ろに小林まで控えているので、カバーも間に合っていないヴィッセルのDF陣相手にサイド攻撃を好き放題やっています。鳥栖戦も結構やられてました。
■見取り図
今のヴィッセル神戸はタダのチームではないです。イニエスタにポドルスキがいるだけでスーパーなんですが、リージョまで来て本格的にポジショナルプレーを導入してきました。エスパルスとしてはゾーンをしっかり組むことがまず勝つための第1関門。いわゆる、キープ力に優れる選手が多数いたとしても惑わされず自分のエリアというのをしっかり守る。下手に動いたらそれこそヴィッセルからしたらカモです。相手を崩すというより、崩させる。ポジショナルプレーってのはリアクションに近いところがあります。
つまり、エスパルスが勝つために必要なのは「普通にやる」。これが最低限。個人の対策についてはそれからです。
■バルサ化計画について
1人のクレとして、最初「バルサになる」って聞いたときは「バルサを舐めるなよ」とは思いました。これは全国のバルサファンが思っていることではないでしょうか。仮に“バルサみたいなサッカー”ができたとしても、それはバルサのコピーに過ぎないわけで、唯一無二のスタイルを導入すること自体1,2年でできるなんてあり得ないです。バルサですら、元はリヌス・ミケルスやクライフのアヤックスでの哲学が“移植”されたにすぎないので、それも足掛け20年かけて、いや半世紀近くかけて今があることをクラブは果たして分かっているのかと。目指すのは勝手ですし、スタッフを何人も引き抜いているので本気度は窺えますが、大事なのはそれをどう「ヴィッセル化」にできるか。バルサがアヤックスのオリジナルを移植して「バルサ化」したのと一緒で、ヴィッセルにとってプロジェクトは壮大でもまだまだ困難でイバラの道だよとは言いたいなと。1人のクレとして。