豚に真珠

サンバのリズムに乗せられて、いつの間にかそのオレンジ色に魅了される。それが清水エスパルスというチームなんだ

『砕かれたハリルホジッチ・プラン』から読み解く、日本がワールドカップで勝つ方法とは?

日本に『デュエル』は合わないのか?

2014年で、「自分たちのサッカー」というポゼッションサッカーを目指したが、全く機能せず世界相手に玉砕する結果に終わった。その後、世界で勝つためにハビエル・アギーレ、そしてヴァヒッド・ハリルホジッチを監督として招聘。特にハリルホジッチは『デュエル』というキーワードを用いて、世界に太刀打ちできる能力を身に着けようとした。

 

フランス語で「決闘」という意味を持つデュエル。それは個人だけではなく、組織として「戦術的デュエル」もハリルホジッチは求めていた。

 ドイツ代表の攻撃スクエアを潰しに行くSH・SB・DHは、ドイツの攻撃陣に自由を与えないデュエルが要求されています。それができてはじめて、人数的、状況的に受け手の準備が不十分なまま、ハーフスペースにボールを出してしまうというという事態へと、ドイツを追いやることができます。

(中略)

本当に、このような「正面衝突」が必要だったのか? アルジェリアにとって、個の力において自らを上回るドイツ代表のスター選手たちとの直接対決を避ける戦略の模索、採用という選択肢はなかったのでしょうか。

そのような選択肢はないのです。あったとしても二義的なものだったでしょう。なぜなら、ドイツ代表の戦術、やり方、その骨格を直接叩くことが勝利への最短・最善の方法だからです。なぜ、それが最短・最善なのか。骨格を叩くことができれば、コチラの手筋に対して相手が取り得る応手の選択肢を狭めることができます。強いチームであればあるほど強固な戦略・戦術的な骨格を備えており、だからこそそれを容易に別の骨格に置き換えることができないからです。

 

砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか? 著者五百藏容 発行星海社 53-56項より引用

それまで守備においては奪いどころを明確に定めず、前からのハイプレスを行ってはかわされるの連続であった日本にとって、戦術的デュエルは世界と対等に渡り合うためのキーワードであった。

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例えば、2010年の岡田武史体制では、中澤佑二田中マルクス闘莉王という屈強なCBを控え、ディフェンシブゾーンに引いて守り、足のあるウイングと本田圭佑のキープ力を生かした攻撃を繰り出した。前回大会は中盤をコンパクトにし、ミドルゾーンにプレスを集中していった。しかしハリルホジッチ体制では、相手によってプレスをするゾーンを変えており、アジア最終予選でのオーストラリア戦ではアウェーではディフェンシブゾーンだったが、ホームでは敵陣のミドルゾーンでプレッシングを行っている。

 

butani-sinju.hatenadiary.jp

 最終予選の対オーストラリア代表戦2試合の内容をそれぞれ分析すると、単にホームであるかアウェーであるかという条件以上に、おそらくW杯出場が決定するタイミングになるであろう二度目の対戦で確実にオーストラリア代表を叩き勝ち点3を奪う、そのために彼らの戦略・戦術の骨格に直接打撃を与える戦い方を温存しておく、といった、最終予選全体の流れを見据えたエリア戦略でもあったのではないかと思えます。本当にそうかどうかはハリルホジッチのみぞ知る、というところではありますが、もしそういった深謀遠慮の上での「異なったエリア戦略の駆使」であるならば、まさしく岡田~ザッケローニ以後に臨んだ、「多様なエリアを占領可能な戦略」と「状況に応じエリア戦略を変更できる柔軟性」を日本代表は獲得しつつあったといえるでしょう。

 

砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか? 著者五百藏容 発行星海社 87項より引用

 

西野朗の日本代表

初陣となったガーナ戦では、長谷部誠リベロに使った3バックを採用も攻守において機能していたかというと微妙な結果に終わり、ラインを下げて守ったスイス戦ではまるで歯が立たず、パラグアイ戦では一転、前からのハイプレスサッカーで香川真司乾貴士が躍動。西野体制下における「日本人にあったサッカー」にとって、中澤と闘莉王がいないチームにおいては今の日本チームに合ったスタイルといえる。

コミュニケーションの欠如という、これ以上解任理由に説得力ある言葉で西野朗にバトンタッチされたわけだが、ここ3試合で4年前の楽しい自分たちのサッカーが炸裂したというわけでもない。4年前のサッカーをやるにはいろんなところが劣化しており、4年前にそのスタイルで玉砕されたことを辛うじて覚えていたことだろう。西野朗に、ハリルホジッチのように完璧なプランニングができるとは思えないので、守備におけるプレッシングの位置は相手に合わせてというより、選手の特徴に合わせた形になるだろう。となるとパラグアイ戦で見せた敵陣でのプレッシングを中心としたショートカウンターが中心と予想。ハリルホジッチは相手を丸裸にすることで相手を機能不全としたが、どうやら自分たち主導での守備を敷くのではないか。

日本サッカー、その裾野でプレーする選手にとっての最高到達点である日本代表。ですが、ハリルホジッチの指摘する「デュエル」をはじめとして主に守備のプレー面で多くの問題を抱えてきました。それには次のような理由が考えられます。

  • キャリアのはじめからマンマークか、基準がバラバラで曖昧なゾーンとマンマークのミックスでプレーし続けている選手が多い。精密なゾーンマークの経験や、ゾーンマーク基盤のDFを行うために不可欠なカバーリングを組織的に行う経験に乏しい。
  • そのため、代表クラスでもゾーンDFの理解度が低く、人に強く行った見方が空けたスペースを組織的にカバーし、閉じるといったプレーを持続的に行えない。
  • 高い水準でプレーできる純粋なDHが不足している。
  • アンカーが必要となるシステムでプレーするチームが少なく、アンカーの適役が不足している。

既に既設した通り、現代サッカーでは、「ゾーンDFの精緻ま理解に基づいた、人とスペース双方に強く当たる守備」は高いレベルでプレーするには不可欠のものになっています。そういった守備を実践するためには、めまぐるしく変化する状況の中で周囲と連動しながらスペースを確実に消していくゾーンDFの習熟も、高いレベルのDHも必要ですし、高い戦術理解力で周囲を動かしながら守備をできるアンカープレイヤーもまた必要になります。そのすべてが日本サッカーには不足しています。

 

砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか? 著者五百藏容 発行星海社 162-163項より引用 

 育成面での問題もさることながら、現代表にもその人材のいない日本代表に、横綱相撲の守備をする、いや、でなければ守備が成り立たないチームにおいて、世界に勝つチャンスは果たしてあるのだろうか。

 

ジャイアントキリングを起こす秘策はあるか

初戦のコロンビア戦で1番気を付けなくてはならないのはハメス・ロドリゲス。さらに前回大会は負傷欠場したラダメル・ファルカオハリルホジッチなら、例えばアジア最終予選アウェーUAE戦で絶対的エース、オマル・アブドゥルラフマン完璧に消したときのような策を授けると思われるが、西野ジャパンではそれはさすがに無理で、ハメスにボールを渡せなければいいという考えで臨むだろう。

パラグアイ戦での日本の戦いは、香川、乾、岡崎慎司武藤嘉紀が最前線からプレスし、サイドにボールが来たところでウイングとSBがボールをカットする展開が多かった。

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 パラグアイの組み立ての精度はお世辞にも高いとは言えず、サイドでうまくカットできたが、ゾーンディフェンスやアンカー不在という問題を抱えている以上、奪いきれなかった事まで想定すると、その先にハメス、ファルカオ、ファン・ギジュルモ・クアドラードが控えていると考えると分は悪い。また引いて守るにしろ、フィジカルで世界に通じるのは吉田麻也くらいで他は未知数。それでゾーンディフェンスが基本としてなっていないとすれば、余程ゴール前に人が密集していない限り引いて守ることは自殺行為でしかない。

日本がジャイアントキリングを起こす条件として、自分たちのサッカーをやるならばハイプレスからのショートカウンターに全力を注ぐしかない。ハリルホジッチを否定した以上、ピッチを4分割して相手に応じたプレスができないのだからハイプレスに割り切るしか方法はないだろう。

 

ハリルホジッチ負の遺産なのか

 日本サッカーは、どうやらパスサッカーこそが目指すべきスタイルだと把握しているらしく、速攻を主体としていたハリルホジッチのスタイルを真っ向から否定してきた。現在の西野体制でも、デュエルを否とする練習、そして初陣のガーナ戦ではこれまでの3年間を積み重ねが跡形もなく消し去られていたことから、現場も同じ意見だということになるだろう。

 

しかし、デュエルというのは、世界相手に戦う以前にサッカーというスポーツ上基本的なプレーであって、合う合わないの問題ではない。また速攻を否定するのもおかしな話で、バルサでもまずは縦に速くボールを入れて相手を崩すことから始めていく。ポゼッションを高めるのは、速攻でゴール前までたどり着けなかった時だけだ。その点、日本サッカーは「ポゼッションのためのポゼッション」に終始してしまい、本来の目的を見落としてきている。そもそも日本サッカーはアンダー年代も含め、パスサッカーで世界相手に結果を残したことはあっただろうか。むしろそれこそデュエル重視のスタイルこそ結果を残している。ハリルホジッチのサッカーで日本が勝てるかは結局分からないままに終わった。だがハリルホジッチのサッカーが日本に合わないと考えるのは見当違いだ。日本が本気で世界に立ち向かうためにはハリルホジッチが植え付けようとしたスタイルを突き詰めることが近道だ。

ハリルホジッチが、ワイドからの崩しのイメージをサジェスチョンするときに「オブリック・ランニング」を強調していたことも、彼の指示が「縦に速く」 などという雑な物言いでなかったことをうかがわせてくれます。「オブリック・ランニング」とはくの字(逆くの字)の動きのことで、正対する相手の視界から一度外側に逃げながら、パサーとタイミングを合わせて内側に方向を変え相手の背後に入っていく動きを意味します。ひとつひとつのプレーに対するサジェスチョンとしては、「スペースに速く入れ」「背後に速く入れ」という戦術レベルでのサジェスチョンとは明らかに論理的に接続しています。

 

砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか? 著者五百藏容 発行星海社 192項より引用

 デュエルは、ただ1対1で負けないということでもなく、速攻は、シンプルに縦パスをバンバン送るということではない。あくまで戦術の一環であり手段に過ぎない。ハリルホジッチは本気で日本を強くしようとした。その灯は決して消えてはならない。世界に勝つためのヒント。それは既にハリルホジッチが提示している。