豚に真珠

サンバのリズムに乗せられて、いつの間にかそのオレンジ色に魅了される。それが清水エスパルスというチームなんだ

ハイプレスとゾーンディフェンスから見る、攻守の両立方法/ポゼッションは永久に不滅

 

 

 

■攻守の一体化

現代は、とてつもないスピードで進化している。

つい最近発売されたと思っていた携帯電話は、今はスマートフォンとなり、SNSが発達している中で、メアドを交換する人はみるみる減っているし、今話題のポケモンも、初代は150匹しかいなかったが、20年経った今は800近くの種類がいるのだ。

 

サッカーだって同じ。アリゴ・サッキが流行させたゾーンディフェンスは、今やハイプレスの一環として大きく進化している。イタリアのカテナチオは死語となり、バルサが猛威を振るった圧倒的なポゼッションは、10年も経たず萎んできている。イングランドの放り込みサッカーなんてプレミアでも観る機会は減った。

 

現代サッカーの特徴は「攻守一体」。10年前まで、FWがこれほど守備を要求されたことはあっただろうか。CBやGKに足元を要求されるなんて、そんな常識は存在しなかった。どのチームも中盤をコンパクトにするのはセオリーであり、少しでも隙間があれば、そこを徹底的に突いていく。だから、奪われた瞬間に相手を襲い掛かるかのような守備を行わなければ、次々と失点をしていくのだ。

攻守分業の時代は終わった。選手個人個人に、与えられた仕事以上のタスクが求められるようになったのだ。

 

 

■攻撃のための守備

サッカーは、基本的に自軍の最終ラインと相手最終ラインの間でプレーする。オフサイドというルールがある以上、限られるエリアはピッチの3分の1程度しか残らない。

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ボールが存在するエリアは、基本的にこのエリア。現代のゾーンディフェンスは、このエリアの中で構成される。だから、ボールが存在することのないエリアを気にすることはない。その部分は省略していい。

日本でもCSで放送されている「バルサTV」という番組がある。その特集で「リメンバー・ボス」というバルセロナの歴代監督にスポットを当てたドキュメンタリーがある。歴代最長の8シーズンを率いたヨハン・クライフは、3回に分けて放送されていた。

(中略)

戦術メインのインタビューなので、インタビューは緑色の戦術板を用意して臨んでいた。戦術板というより、ピッチが描かれていた緑色の布だった。その上に、選手の代用となる丸いコマをのせて使うわけだ。 ところが、話が始まるや、クライフはテーブル上の戦術板ならぬ戦術布を手前に引き寄せ、その結果、ピッチの3分の1ほどがテーブルから垂れ下がってしまった。

冒頭からクライフらしくて可笑しかったのだが、ここに彼のフットボール哲学が表れていたといえるかもしれない。

使うつもりがないのだ、ピッチの3分の1は。

 

サッカーバルセロナ戦術アナライズ 最強チームのセオリーを読み解く 著者西部謙司 発行KANZEN 51項より引用

 

 

ハイプレスというのは、高い位置からプレスをかけるという意味で使われている。しかしこの表現は少々誤解を生むかもしれない。ハイプレスを正しく表現するならば、高い位置からのプレスではなく、速攻を繰り出すための前向きな守備といった方がいいかもしれない。例えばゲーゲンプレス。ユルゲン・クロップが開発したハイプレスは、欧州のメガクラブを相手に存分に威力を発揮した。

ゲーゲンプレスは、ボールを失ったその瞬間、ピッチ上の選手で相手に襲い掛かり、ボールを奪取する方法だ。相手からしたら、ポゼッションで攻められるよりも恐怖を感じるかもしれない。

プレスについては、クロップは攻撃の道具として設計している。クロップはプレスを「本能的な衝動」と捉えて鍛えている。十分に練習すると選手たちは、相手のサインや動き、決断を見抜けるようになり、いつ連携したプレスをスタートするかを理解するようになる。ターゲットになるのは相手のCBもしくはセントラルMFのことが多い。この集団のインスピレーションを彼は「衝動」と呼び、選手たちに熱中するような方法で教える。「衝動」は個別の守備練習ではなく、プレーの一部であり、攻守の一部だった。

「衝動」の一連の動きを説明するためにクロップは、オオカミの群れに例えた。捕食者は本能的に群れの中で最も弱いものを知り、全員で追いかける。様々な方向から1人を狙う。それが相手からボールを奪おうとするときの手順だった。“爪で引っ掻く”ことで相手CBのポジションを失わせ、ボールを奪えればマークを外しペナルティエリア内で2~4人でシュートまで持ち込むよう指導していた。こうしてドルトムントブンデスで最もエリア内シュートからの得点が多いチームとなった。

 

モウリーニョvsレアル・マドリー「三年戦争」 明かされなかったロッカールームの証言 著者ディエゴ・トーレス 訳木村浩嗣 発行ソルメディア 290項より引用

 

 

クロップのドルトムントブンデスで猛威を振るった理由は、ブンデスの日程面での条件が良かったから。Jリーグと違って秋春制であることもそうだが(夏にシーズンを行うJリーグでゲーゲンプレスは無理)、ブンデスは1月にウィンターブレイクが設けられており、そこでリセットすることができる。クロップがプレミアでは通用しないと議論になっていたが、あれだけ体力の消耗が激しいスタイルでプレミアを戦うのは難しい。プレミア伝統のスタイルとの相性もあるだろうが、1番は年末年始の過密日程。この時期、普通に中1日とかの鬼日程が組まれているため、スタミナが持たないというのが1番の理由。去年はよくやった方だと思うけど。

話を戻して、ゲーゲンプレスはコンパクトな陣形であればあるほど強力性が増していく。守備のための守備ではなく、攻撃をするための守備なのだから、奪った後の速攻にも厚みが出てくる。反対にデメリットは、連動していなければいないほどボールウォッチャーになりやすく、素早いサイドチェンジで崩されやすい状況が生じるからだ。クロップは攻撃のための手段としてこのプレスを取り入れたことから、あえて相手にボールを保持させ、自らアクションすることでボールを奪うという方法に至った。

クロップは、ボールを持たせるとRマドリーが硬直してしまうことに気がついていた。ダイレクトなプレーを実践するRマドリーは同じやり方で対戦されると無力化する。彼は選手たちにグラウンドとボールを譲って主導権を渡すよう命じた。試合後の統計には、通常ならサッカーの健全さを表すものの、モウリーニョのチームにとっては問題であるデータが残った。Rマドリーは56%のボール支配率を記録したのだ。クロップは言った。

「Rマドリーにボールを持たれたことは悪くない。悪いのはボールだけではなく、より良いアイディアを持たれた時だけだ。あの2-1の試合では我々のアイディアが上回ったと思う。なぜなら、ボールを支配する相手に問題があることを見抜いていたからだ。どこにパスを送り、どうやってロナウドを探すのかはわかっていた。我々のプランはX・アロンソをマークすることだった。彼に自由にプレーされたらRマドリーの攻撃を防ぐことはできないが、彼をマークすればペペがボールを持つことになる。それは大した違いではないが」

 

モウリーニョvsRマドリー「三年戦争」 明かされなかったロッカールームの証言 著者ディエゴ・トーレス 訳木村浩嗣 発行KANZEN 289項より引用

 

 

ステマチックなハイプレスは、その実態はゾーンプレスと変わらない。結局のところ、ゲーゲンプレスも数学的な仕組みの構造となっているため、個々のゾーンがかなり圧縮されたプレスだ。例えばEURO2016のスペイン対イタリアでも、イタリアの個々の距離感を圧縮したプレスを前に、スペインは縦に放り込むことしかできなかった。ティキタカが失われたあの瞬間、スペインは攻守のバランスを失ったのだが、その話はまた後で。

 

■ゾーンディフェンスの誤解

従来の、というより今までの「ゾーンディフェンス」は、ブロックを作ったうえで選手の配置を細かく分け、相手からボールを奪っていくやり方だ。セリエA全盛期のサッキが築いたミランがすべての始まりだった。

それから20年ほどの月日が経ち、グアルディオラ率いるバルセロナが前線からのプレッシングという守備を流行させ、現在はドルトムントのゲーゲンプレスにシメオネアトレティコといった、プレッシングとゾーンのミックスがトレンドとなっている。

「ボールを奪われた瞬間、そこに人がたくさんいるのだから、まだ攻撃の途中という感覚を持ちつつ、そこでディレイしたり、リトリートしたりして下がって守備をするのではなく、一気にプレスをかけてしまうという戦術です。もはや現代サッカーでは攻守の分け目がなく、セットになっていることを象徴する守備の考え方ですが、選手たちがボールを奪われた瞬間に前線からプレッシングするとき、そこで連動したプレッシングをする判断の拠りどころとなるのは、全て相手ボールホルダーの状況によって決まるということです」

 

サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論 著者松田浩 鈴木康浩 発行KANZEN 36項より引用

 

 

ゾーンプレスは、自分のゾーンに侵入してきたときにプレスを掛けるのが従来だった。ところが、進化版のゾーンプレスは、プレーヤーの守備エリアを超えてプレスに参加することが求められる。

 

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今は「相手のゾーンから優先的」に人数を掛けてプレスを行う。ボールサイドに人数を掛けることによって、ボール保持者に対し圧力を増していく。

 

しかし、このプレスには致命的な欠点がある。広大なスペースを生んでしまうということだ。ボールを中心とした守備は、ボール保持者に対しては圧力をかけることはできる。問題は、オフザボールの選手だ。もう1度振り返ろう。現代のゾーンプレスは、自身のゾーンより、ボールが存在するゾーンが優先される。

つまり、ゾーンディフェンスの狙いとはマンツーマンをベースにしたサッカーがいかに相手に対して数的優位の状況を作れるかを狙いにするのに対し、“たった一個のボールにいかに数的優位を作れるか”ということがあるのだ。

 

サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論 著者松田浩 鈴木康浩 発行KANZEN 60項より引用

 

 

ボールに行くのに引き換え、広大なスペースを作るこのディフェンスは、1人でもセオリーから外れれば一瞬にして崩壊する。スペースを消すならば、最終ラインを常識はずれレベルまで上げ、ボールが存在するエリアを消していく。当然、そうなれば裏に広大なスペースが誕生するため、超一流のCBがこの戦術には不可欠なのである。

 

 

■攻守一体化になる方法

1番手っ取り早い方法は、前線からのプレスにショートカウンターという戦術。攻撃のための守備という、ボールを高い位置で奪えることが前提の戦術は、ピッチ上に立つ全選手がシステマチックに動かなくてはならない。要するに“ロボットになること”が要求されるのだ。

バルセロナが隆盛を極めた影響もあったのだろう。数年前、日本サッカーがバルサ一色に染まり、ポゼッションなるマジックワードに踊らされてしまった時間はひどくもったいなかった。あの時期に守備の話を持ち出そうならば、「面白くない」「選手をロボット扱いするな」、挙句の果てには「守備ブロックなんて糞くらえだ」と公然と言い放ったプロ監督がいたときには悲しくなった。

 

サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論 著者松田浩 鈴木康浩 発行KANZEN 6項より引用

 

 

今は、科学の力で守備戦術を筆頭に、選手のポジショニングから最終ラインの高さまで、細かく数値化されるようになり、効率的な守備戦術が完成している。それは今回のEUROでイタリアやポルトガル、あるいはドイツがやったディフェンスを見れば一目瞭然だ。

 

 

■ポゼッションは死なない

攻守一体化にはもう1つ方法がある。高いボールポゼッションにより、自軍の守備機会を減らしていくというやり方、“ティキタカ”である。

「“ティキ・タカ”は死なないさ。もし死んでしまったならば、良くない方向に進むことになる。僕たちはバルセロナじゃなくなってしまうんだよ。僕はバルサのようなプレーを見せられるチームが、ほかには存在しないと断言できる。どのようなチームであっても、バルサのレベルにはないんだよ。ペップのバイエルンでさえ、そのレベルには到達しなかった」

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

 

ポゼッションはボールを保持することで、自軍の守備時間を減らし、またいつでも攻撃を仕掛けることができる。究極の戦術と言ってもいいだろう。しかし、使い方によってポゼッションは自分の首を絞める凶器になりうることもある。ボールポゼッションを目的とした戦術では、ボールキープで満足してしまい、いつの間にか「ボールを持たされている」という感覚に陥ってくる。こうなると、前線にスペースがなくなり、ポゼッションをしている意味がなくなってくる。ならばボールを放棄し、スペースを生み出した方が点を取ることができる。ポゼッションは相手から「嵌められやすい」のだ。

 

だが、ポゼッションがサッカー戦術で1番の究極なのは変わりない。いつでも攻撃できれば、攻められる心配もない。やるならば、中途半端に進めるのではなく、とことんやるべきであり、ボール回収のサイクルまで理詰めに戦術を組み立てなくてはならない。

「私は、ボールポゼッションこそがカギだと考えています。ボールをより長く支配することで、ゲームを支配できるからです。自分たちはより多くの攻撃、より多くのチャンスを作り、反対に相手にはより少ないチャンスしか与えない。体力的にも、ボールと相手を走らせることで相対的に有利になることが多い。7割方ボールを支配できていれば、それだけ価値に近い位置にいられます。そうすると、だいたい8割方は試合に勝てるのです」

 

サッカーバルセロナ戦術アナライズ 最強チームのセオリーを読み解く 著者西部謙司 発行KANZEN 143項より引用

 

 

サッカーという競技に絶対の勝利の方程式が存在しないのだから、最も点を取ることができるチャンスが多いポゼッションサッカーが1番勝ちに近いサッカーだというのは、もう説明しなくてもわかるだろう。もしポゼッションがこの世から失われるのであるなら、それはサッカーの終焉を意味する。

 

 

■守備戦術の限界

ビエルサは単なるビデオ分析家ではない。信念を貫徹する彼の意思は、こちらが怯むほどに強い。

「守備戦術などはせいぜい五、六つくらいしかやり方はないのですから。私に言わせれば守りを固めることなど、とても簡単ですよ。何をどうこねまわしたところで限界があるのですから。でも攻撃戦術には際限ありません。選手の創造力次第でいくつもの展開を作り出すことができます。私はその難しいことに挑戦したいのですよ」

 

『名将への挑戦状』ヘスス・スアレス、小宮良之著、東邦出版、2011年発行。111頁より。

 

 

 

 

長期的に強さを披露できるチームは、大体がポゼッションサッカーを志向している。それはバルセロナアーセナル、またスペインやドイツもそうだ。逆に昨シーズンのチェルシーを見ていれば、またクロップ・ドルトムントのラストに表れるように、ポゼッションにこだわりがないチームは、一時的に強さを見せるが、長くは続かない。もちろん守備は大切だが、それだけでは勝てないのだ。

 

 


サッカーで生き残る道は攻守一体化しかなくなった。

その方法は「ゲーゲンプレスによるショートカウンター」と「圧倒的なポゼッション」。引いてブロックを形成するチームに光が当たるのは、せいぜい短期決戦のトーナメントくらいで、長期的なリーグ戦、またそれが高いレベルならば、もはや通用しなくなる。

 


守備戦術には限りというのがあり、どんな良質な守備陣形ができていたとしても、いつかは限界を迎える。その守備を永遠とするのなら、その守備につながる攻撃の戦術を組み立てなくてはならない。