読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

豚に真珠

サンバのリズムに乗せられて、いつの間にかそのオレンジ色に魅了される。それが清水エスパルスというチームなんだ

『フットボールサミット』を読んでみた/「清水のサッカー」とは何か

 

【Amazon.co.jp限定】フットボールサミット第29回 清水エスパルス サッカーの街に生きるクラブの使命 ポストカード付
 

 

 

 

大榎克己の覚悟

 

レジェンド

 

 

この言葉、あなたはどのように解釈しますか?

 

たいていの人は尊敬に値する人のことだというだろう。

清水エスパルス監督の大榎克己は正にこの言葉が似合う人だ。

 

 

僕は大榎本人と直接話したことはないので彼がどのような人物かは、詳しくはわからない。

では何故、彼は尊敬に値する人なのか。

 

 

それは選手としての貢献度の高さだろう。

こんなことを言ったら本人には失礼だが、プレーヤータイプ的には地味な役回りだった。しかし、勝負どころでは華のあるプレーをしていた。

″選手″大榎克己は、エスパルスサポーターから支持され、愛される選手だった。

 

大榎がユース監督になったのは2008年。彼の下でプレーした選手は現役時代の大榎をあまり知らないのではないか。それでも、例えば石毛秀樹犬飼智也は大榎をエスパルスのレジェンドであると認識している。彼がエスパルスに残したモノはしっかり受け継がれていたのだ。

 

 

大榎克己の″清水″に対する覚悟は相当なモノだ。

清水東では「三羽烏」の一人として全国を制覇した。清水のサッカーが栄光をその手に獲った時を生きていた。そしてエスパルス。母体がなく、すべてを1から始めたチームを支え、名門と言われるようにまでした。正に清水のサッカーをプレーヤーとして体現し、そして成功を収めた勝者とも言える。だから彼にはプライドがある。このプライドは決して僕たちには、そしてそれはもしかしたら彼の下でプレーしている選手にも理解し難い、想像を絶するほどの規模なのかもしれない。勝ち取った成功者だから考えることができる″清水のサッカー″は、決して下に見られてはいけない、常に勝者でありつづけなければならない、そういったメンタリティで生きている。ではそれを体現できるのは誰か。長沢駿もインタビューで似たようなことを言っていたが、静岡、清水の人間だけなのかもしれない。しかし、その考えはもうとっくに終わりを告げている。清水から有能な選手は生まれてこなくなった。いや、全国に有能な選手が生まれるようになった。

 

清水エスパルスは経済力で戦えるチームではない。育成で戦うチームだ。たとえ他チームがどんな大型補強をしようが、どんな戦い方で来ようが、清水である以上、すべてのチームを圧倒的にねじ伏せなければならない。それが大榎のプライドであり、覚悟である。

 

 

「クラブ」と「チーム」の違い

以前、なんかのコラムでセルジオ越後が「クラブとチームは全く違うんだぞ」みたいなことを言ってた。クラブとは1企業である。お金がなければやっていけない。それはどこの企業も一緒だ。エスパルスもそうである。

 

今までのエスパルスは、内部の人がクラブ経営をしていた。まぁ、これはある意味当然ともいえるかもしれないけど、エスパルスに関わる人だけがクラブを支えていく。それが特徴でもあった。

 

しかし、それは一つ間違えた方向に舵をきると、とんでもない方向へ行ってしまう。内部だけなら、お互い共通の目的を共有しているからやりやすさはあるだろう。だが、外部との差が空いてくる。グローバルな現代では時代遅れなやり方だったのかもしれない。

今年から新社長に左伴氏が就任したが、時代のニーズに合わせてきているといえる。日産という世界的な企業のエリート営業マンが地方クラブにやってくるのは、奇跡的なことだ。

左伴氏がサッカーにとても意欲的な人であることもそうだろう。イングランドなどを例に挙げていたが、サッカーが生活の一部である環境では、ビジネス的にも好循環が生まれやすい。社長のパイプでも、例えば関東の企業の中に「実は静岡出身です」と言われスポンサーまで来るなんてこともあるらしい。これは静岡ならではだろう。新しい風を取り入れたことで経営面でも変化が生まれてきている。

 

 

ここまで言うと、今までの体制を批判しているみたいに思われるかもしれないけど違う。前社長の竹内専務も本当に努力してくれたと思う。

 

原強化部長のインタビューの中にゴトビ氏の解任経緯と大榎就任経緯のことが書かれているが、強化部長を通さずレジェンド(大榎)を監督になんて、他のクラブではあり得ないだろう。ゴトビとも最後は上手くできていなかったことや、赤字経営のことも考えると、よくこんな状況で仕事ができたなって思う。

 

ゴトビというワードが出てきたのでそこについて少し。

毎年毎年ストライカーの補強を訴えていたが、経営を考えると難しかっただろう。足元が上手く、サイズのある選手というのは中々いない。日本人選手では全く思い浮かばない。駿はその意味ではゴトビ好みのFWだったと思う。原さんは経営には直接関わらない立場だから(強化部長だからそうだよね?)、補強費が今みたいに増やされているのだったら、どんな補強をしたのだろうかと思う。きっとゴトビの眼鏡に適う選手が補強できたのかもしれない。

しかしゴトビのサッカーは清水の文化には根づけなかった。僕は「オランダスタイル」は世界的にもトレンドだと思うし、ゴトビも斬新な戦術や采配をしていたから好きだった。合わなかったのはしょうがないことだし、目指すべきサッカーの再確認ができたのだと思いたい。

 

 

プライド≠フィロソフィー

結局のところ、「清水のサッカー」って何?

 

ザックジャパンも「自分たちのサッカー」とか言っときながら惨敗したわけだし、自分のとかそういった事に溺れているわけだ。

 

 

フットボールサミットにはパスサッカー+サイド攻撃と書かれている。確かに強かったときはパスで相手をいなし、サイドからゴリゴリ攻撃していった。アルディレス&ぺリマンのときはサイドには市川大祐やアレックス(三都主アレサンドロ)という、スペシャリストがいた。

 

清水のサッカーがパスサッカー+サイド攻撃というのであるなら、それはそれでいい。勝てるならね。

でも全国各地でサッカーが普及されている現代でそのサッカーは通用するのだろうか。

 

僕の答えはNOだ。そのサッカーは時代遅れだ。戦術が進化していき、簡単に点が入らなくなった今では、そのスタイルでは勝てない。プラス@が必要だ。

大榎が清水のサッカーとして頑なにそのスタイルをやるのであるなら、僕は支持できない。それはスマホ全盛期の時代にガラケーで勝負するようなことと一緒だからだ。勝てるわけがない。

 

プライドを持ってやるのは全然問題ない。しかし、プライドだけで勝てるほど世の中甘くない。清水のサッカーだからというプライドで勝負するのなら、そのスタイルは今すぐにも捨てるべきだ。ただ、そのスタイルは墓場まで持っていく覚悟″フィロソフィー″であるのなら、僕は全力で支持したい。ペップ・グアルディオラレアル・マドリードに大敗しても自身のフィロソフィーとしてポゼッションスタイルを捨てないことは、それだけでリスペクトされるに値する。

 

大榎のフィロソフィーはわからない。清水のサッカー=大榎のサッカーであるのなら、それが自身のフィロソフィーであるなら、どんなに結果が出なくても、どんなに批判されようとも僕は応援していきたい。僕がアフシン・ゴトビを支持したのは、彼には明確なフィロソフィーがあったからだ。ホームでどんな結果になろうとも攻撃スタイルを捨てなかったのは、そこに確固たる信念が、哲学があったからだ。

 

 

エスパルスと大榎の未来は神のみぞ知る。大榎の覚悟は相当なモノだった。選手はどうだろうか。

ある記事ではエスパルスの問題点はメンタルであるということが書いてあった。えっ!!メンタル?!

 

僕は精神論を語るのは好きではない。何故なら人の心は他人にはわからないからだ。何年か前の、確か2008年だっけかな、ナビスコ決勝で負けた時の言い訳が「メンタルだ」とか誰か言ってたと思うんだけど、確かに誰か言ってた。これ聞いて「お前のメンタルなんて知らねぇーよ」ってマジで思ったんだけど、プロである以上、メンタルを問題定義するのは論外なんだ。ブラジルW杯後に、スペイン代表のシャビ・アロンソが「俺たちはCL決勝を戦ったこともありメンタル的に不十分だった」とかいってチームメイト(特にバルサ勢)から批判を受けてたけど、プロがメンタルどうこう言うのはおかしい。

サッカー選手の年齢的には若くないんだから、今更メンタルなんて言うのはどうだろうか。大榎の覚悟が壮大なほどであるのに、選手がそれに答えられないのはやってはいけないことだ。

 

 

ARE  YOU READY?

既に10試合を終えた。

シーズンの3分の1を終えたのだ。

いまだに1勝。このままでは降格まっしぐらだ。

 

エスパルスよ。覚悟はできているか?

エスパルスが勝つためなら、あらゆるものを犠牲にする覚悟はあるか?

 

最近、日本でルイス・スアレスの自伝が発売されたが、彼は勝つためなら自分を、チームを、周りの人までもを犠牲にしてきた。彼は生まれつき勝つことだけを目的に生きているようである。

 

別にエスパルスの選手に噛みつけとか、ゴール前でハンドしろとかそんなことは言わない。ただ、エスパルスが勝つことに対し覚悟はあるかどうか。大榎や澤登正朗が言ってたように、エスパルスが勝つためなら何でも尽くすようでないとダメなんだ。

それがプロ。エンターテイメントである。

 

1stステージはすぐに終わる。

どんなにつらい試合が待っていようと戦わなくてはならない。

もう前しか向けないほど下がっただろう。準備はいいか。覚悟はできているか。

 

すべてが整ったとき、勝利の女神はきっと微笑んでくれるはずだ。

 

 

次回については、「ジェイ@ポストプレー」か「ヤコヴィッチVSクリスティアーノ」か「本田拓也の気持ちを読み取ってみよう」のいずれかをやりたいと思います。