遠藤保仁 その男、偉大なり
こんな人、いませんか?
「日本がやっているのは野球。でも、アメリカがやっているのはベースボールなんだ!」
???
さっぱりわからない。
野球とベースボールの違い。
日本語と英語の違いか?
サッカーとフットボールの違いなら、僕には分かる。
サッカーは英語で言ってもsoccerである。footballではない。
ヨーロッパの人は、フットボールというとラグビーを思いつく人もいる。
もともとサッカーとラグビーは「モッブフットボール」という1つの競技だったのだ。
サッカーとラグビーでは、ルールが違う。このことから、サッカーとラグビーの違いは、大凡検討できる。
でも、野球とベースボールの違いは分からない。マニアックすぎる。なぜなら、どちらともルールは一緒なのだから。この違いを説明しろと言われても、僕にはできない。
でも、この違いとは確かに存在するのだ。そして、この違いを見誤り、苦悩の日々を送った人もいる。元北海道日本ハムファイターズ監督、トレイ・ヒルマンである。
元担当記者が打ち明ける。
「ヒルマンは勉強熱心で、新渡戸稲造の『武士道』(『Bushido,the Spirit of Japan』)から、水島新司の漫画『あぶさん』まで、いろんなものを読み、日本と日本人を理解しようと努めていましたが、チーム成績は伸び悩みました」
1年目(2003年)は5位、2年目は3位、3年目は再び5位。05年のチーム三振数1151はプロ野球ワースト記録。
だが、4年目の06年に「ベースボール」を捨て、「野球」に徹し、活路を見出す。象徴的なのは、犠牲バントの数。05年は54個しかしかなかったが、06年には133個まで増えた。
試合内容を細かく検証すると、バントが即得点に結びついたわけではないが、三振が254個も激減したように、ランナーを進めることで、チームプレーの精神が醸成され、選手が一丸となったのである。
ヒルマンらしかったのは、アメリカのマイナー時代の経験に基づき、2年目のダルビッシュ有(この年、12勝5敗)やルーキーの八木智哉(同、12勝8敗で新人王)を積極的に起用し、育て上げたことだった。
いっぽうで、ベテランにも目配りし、クローザーのマイケル中村など、リリーフ投手の信頼が厚いことから、ベテランの中嶋聡を「抑えの捕手」として起用した。
「抑えの捕手」は、日本の倍の歴史があるメジャーリーグにも存在しない。日本式のコミュニケーションを重んじ、日本ハムは快進撃をつづけ、25年ぶりにパ・リーグの覇権を握るのである。
【ヒルマン監督】青い目の監督が学んだベースボールと野球の違い プロ野球No.1監督が判明!「ポジション別」野球人物学【12】:PRESIDENT Online - プレジデントし
プロの世界において、わずかな違いでも見落とすと大変な事態を招いてしまうのだ。指揮官たるもの、選択に誤りは許されない。
パサーとゲームメーカーとチャンスメーカーの違い
世間には、「パサー=ゲームメーカー」という考えの人は多い。でもこれは大きな間違いである。
ではパサーとは何か。
これはタイプ別ジャンルのことで、ポストプレーヤーとかドリブラーなど、そのジャンルの1部であり、その中にゲームメーカーとチャンスメーカーがある。では、ゲームメーカーとチャンスメーカーの違いとは何か。
簡単に言えば、土台作りがゲームメーカー。盛り付けがチャンスメーカーである。
ではまず、チャンスメーカーから。
この役割は、ゴールに結びつく決定的なチャンスを演出する選手のことである。
流れの中からアシストを決めることが多い選手はこのタイプ。
例えば、ハノーファーの清武弘嗣や、横浜F・マリノスの藤本淳吾、名古屋グランパスのレアンドロ・ドミンゲスはこのタイプである。
それでは、ゲームメーカーとは何か。
これは、数多くの選択肢の中から、最も適切なコースを選択する選手のことである。
ピッチ上の指揮官であるゲームメーカーには選択肢をたくさん用意しなければならない。その与えられた選択肢から正解を導き出すのがゲームメーカーの役割。だからどのチームも、まずはゲームメーカーを封じにかかる。
1流のゲームメーカーはこの選択を誤ることはない。
では、具体的に説明しよう。
今、あなたにはご覧のような環境ができている。
この時、どちらに出すのが正解か。
では、さらに条件をつける。
今のチームの流れは、ペースが変わらず、やや押せ押せムードだとしよう。
ボールホルダーがチャンスメーカーだったら。
それなら、正解はフリーな選手だ。チャンスメーカーは決定的なチャンスを演出する。それでマークがついている選手に出したらすべてが終わる。ジ・エンド。
だったら、ゲームメーカーはどうだろう。
テレ朝サッカー解説の松木安太郎は、たまにこんなことをいう。
「ペースが一定だと、相手も慣れてくるんで、ディフェンスしやすいんですよ」
正にその通り。
居酒屋解説の松木もなかなかいいことを言う。
押せ押せに乗ってフリーな選手に出したら、ペースは変わらない。相手にとられるのがオチだ。チームのペース配分を考え、「今、攻めるときなのか」ということを考えなくてはならない。
では、1流のゲームメーカーと言われる人は、どこに出すのか。
そういう選手は、一旦ゲームを落ち着かせるためにあえてペースを落とすコースを選ぶだろう。いつまでもイケイケでは、最後は相手に舐められる。
では、マークがついてる選手に出して、どう組み立てるのか。
まず、出してみよう。
前を向けないことを頭に入れておきながら、どんな行動を起こすのか。
そこは臨機応変だ。もう1度ボールを受けに行くのも良し。別の空いている選手に出すよう指示するのも良し。ただ、ここで考えてほしいのは、第1目標は「ペースを落とし、落ち着かせること」だ。出した後のプレービジョンまで考えていなければ、その選手はゲームメーカーとして2流だ。これらのことを頭に入れ、これから1流のゲームメーカーである遠藤保仁のプレーを見ていきたい。
遠藤保仁のプレービジョン
昨シーズン天皇杯準決勝から。前半3分のプレー。
遠藤はバックパスを受ける。
この時の遠藤は中でフリーだ。
遠藤に与えられたパスコースは主に2つ。
縦のパトリックか、斜めの倉田である。横の選手も空いているが、たとえ出しても何も起こらないので遠藤の選択肢はこの2つである。
もし、あなたが遠藤ならどこに出すのだろうか。
おそらくたいていの人は縦のパトリックに出すだろう。なぜなら、このときすでにパトリックは動き出している。体制もいいし、かつフリーだ。
でも、ゲームメーカーはそんな教科書通りのプレーを選ばない。1流ならさらに相手の裏をかくことも求められる。
では、相手DFを見てみよう。
重心がパトリックに向けられているのがわかる。
そして、この時の遠藤の目線だが、
パトリックというより、その周辺を捉えている。
この時の遠藤の頭の中では、パトリックに出せば
挟み撃ちされるだろうと考えていたに違いない。
このあとの遠藤だが、相手DFの動きやその後の展開を考え、左の落ちてきた今野を経由して倉田に出した。
その後の遠藤のプレー
組立で、ペースはゆったりしている。
CB金正也からパスを受ける。
その後数タッチして再び金正也へ
金正也は阿部に楔を入れる。
遠藤は受けることができる体制であり、下には米倉が動いている。
この時の遠藤の目線だが、
相手最終ラインとボランチの間が広くなっていること。そこに宇佐美がフリーになっているということを頭に入れている。
その後のプレー。
阿部が潰れ、そのこぼれ球をすかさず拾い
宇佐美に入れる。展開が早くなる。
これはファールになってプレーは止まったが、ペースを速め、相手のスキを見逃さない視野の広さは、やはり別格である。
だから遠藤保仁はすごい
なにがすごいって、この1連のプレーを1タッチでやってるってこと。
クライフはこんなことを言った。
1タッチでプレーできるのは素晴らしい選手。
2タッチはまあまあ。
3タッチはダメな選手だ
横浜フリューゲルス監督だったカルレス・レシャックは遠藤をこのように評する
「日本の選手にはスキルもフィジカルもある。問題はそこではなくて、ゲームのやり方を理解すること」
(中略)
「私がフリューゲルスの監督をしていたとき、遠藤はまだ若手でしたが、彼は自分から責任を取るプレーをしていました」
ボールを持っている味方によって、パスを受けてやる。助けに動いたことで、自分もプレッシャーを受けて危険な状況になるかもしれない。それでも、若い遠藤は自分からボールを受けに動き、場合によっては難局に首を突っ込んでいって解決するプレーヤーだったという。
「遠藤は若いころから、そういう素質を持った選手でした。そうした能力を伸ばし、現在は素晴らしい選手に成長してくれた。とてもうれしいですね」
サッカーバルセロナ戦術アナライズ 最強チームのセオリーを読み解く 著者 西部謙司 発行KANZEN 172項より引用
黄金世代と呼ばれた79年組の中で、1番遅く出てきて1番最後まで生き残った遠藤。頭で勝負し、世界と渡り合ってきた数少ない日本人ゲームメーカー。だから彼は偉大なのだ。